人へのサービスとお節介は
紙一重だけれど、
お節介なくしては
人の心を掴むことはない。


お節介を数打てば
その中で何発かは
相手が喜び感動することもあるだろう。
お節介は、いわゆる
人に喜んでもらうための試行錯誤だ。


そんなようなことを少し前に
何かの本で読んだことがある。


私たちいわば
現状売れてないアーティストは
時にうっかりファンや世間の反応に
振り回されてしまう。

なぜなら、
ファンの方たちあっての
我々であり、
ファンの方たちが
まだまだ少数精鋭状態であれば
その増減が
よく見えてしまい、
それはひいては自分の生活に
ダイレクトにフィードバックされるからだ。


しかし、私が困っているのはここだ。
ファンの方たち=自分ではない人たち
つまり、みんなは本来、
私がコントロールできない人たち。

自分がコントロールできないことを
期待通りにならないと
嘆いているのはナンセンスだし、
精神衛生上よくない。


そんなとき私がたまたま
深夜、師匠とのラインがきっかけで
(先生、あざーす!)
記憶の底から引っ張り出してきたのが、
前述の「お節介理論」だ。


私はひたすら
みんなの役に立つ音楽を作りたい。
そうしてみんなを
ささやかにハッピーにしたい。

ある時は味方、
ある時はあなた自身となって。
ある時は間接的に。

それら全ては、
一言で言えば、おせっかいだ。

新しいファンと出会おうとすれば
特におせっかいだ。
突然目の前に現れて
「あなたを少しだけハッピーにしたいの!」
と言うわけだから。(笑)
怪しい宗教のようではないか(爆笑)

でも、、、
・・・そうなのだ!
これは、おせっかいではないか!!

ならば、
みんなの心に届くときもあれば
届かないときもある。

それでいいじゃないか!!
そういうものなんだから!!

私はこうして
湧き上がったモヤモヤを
吹っ切った。


でももし、そのおせっかいによって
少しだけハッピーになる人達を見て
orあなた自身がハッピーを感じて
「そんな人たちがもっと増えたらいいな」
とか
「ハッピーのお裾分けをしたいナ」
と思ったなら、

その時は
一緒に私のおせっかいを
手伝い、広めてほしい。


私はおせっかいな音楽を
これからも届け続ける。

誰かの心にコツンと、
当たっていることを信じて。